「首里城」沖縄観光の定番、その神髄に迫る|沖縄リゾートヴィラ The Premium time OKINAWA chillma

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「首里城」沖縄観光の定番、その神髄に迫る

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2000年に日本で11番目の世界遺産に登録され、現在、沖縄を代表する観光スポットとなっている首里城。沖縄本島北部、美ら海と古宇利島を臨むプライベートビーチ付き滞在型リゾートヴィラ、OKINAWA chillmaにご宿泊の際にもぜひ訪れて頂きたい場所のひとつです。
ここでは、その素晴らしさをより深く味わって頂くため、首里城の歴史と見どころについてご紹介することにしましょう。

琉球王国の政治、文化の中心となった城

1429年から1879年までの450年間に渡り、沖縄を統治していた琉球王国。王国の政治、外交、文化の中心として栄華を誇った施設が「首里城」です。
この城は、琉球王国の王とその家族が暮らす「王宮」であり、王国を統治する行政機関「首里王府」の本部でした。また、城が建設された那覇の町を見下ろす小高い丘は聖地とされ、城は王国の宗教行事を運営するネットワークの拠点でもありました。さらに城とその周辺では音楽を始めとする芸能が盛んに演じられるとともに美術や工芸の専門家が活躍する文化芸術の中心ともなりました。その城の建物は第二次大戦中の1945年に戦火によって焼け落ちてしまいましたが、1992年に沖縄の本土復帰20周年を記念して復元されました。中国と日本の築城文化が融合した独特の建築様式には、高い文化的、歴史的な価値があります。

数々の人を出迎えてきた守礼門(しゅれいのもん)

首里城を訪れた観光客の皆さんをまず出迎えるのが「守礼門」です。中国の建築様式に似たユニークな色と形で、「礼節を大切にする国」を意味する「守礼之邦(しゅれいのくに)」という文字が掲げられています。
かつては特別な時にのみ掲げられたというこの文字は、琉球王国が政治的に付き従っていた中国に向けてのメッセージでもありました。そのため、日本を開国に導いたアメリカ人のペリー提督が1853年に王国を訪れた際にこの文字は掲げられず、その代わりに、単に「琉球王国」を意味する「中山府」の文字が掲げられました。

数々の人を出迎えてきた守礼門(しゅれいのもん)
【首里城トリビア1】首里城にはトイレがなかった

首里城ではこれまでトイレの遺構が見つかっていません。これはかつて琉球王国には、「働いている時に用を足すのは好ましくない」という暗黙のルールがあったため。どうしても我慢の出来ない時は、専用の箱や筒に用を足していたそうです。

正殿の向きに込められた意味

城の中心的な建物である百裏添御殿(ももうらそえうどぅん)と呼ばれる正殿は、中国の紫禁城をモデルに、かつて琉球王国の政治的な主人であった中国がある、西の方角に向けて建てられました。
また西向きであることには、当時、神聖な権力の象徴とされた太陽が昇る東側に国王を座らせる目的もあったと言われています。この正殿の脇には北殿、南殿と呼ばれる建物が控えていますが、中国様式の北殿は中国からの使節の受け入れに、日本様式の南殿は日本の薩摩藩の接待にと使い分けられていました。

正殿の向きに込められた意味
【首里城トリビア2】正殿前広場の縦縞模様の理由

正殿前のスペースの床には赤いタイルをベースに白いタイルで太い平行線のような模様が何本も描かれています。ここはかつて王国の官僚たちが整列した場所であり、この模様は彼らが整然と並ぶための目印にされたといわれています。

城の屋根瓦にも歴史あり

伝統的な沖縄の建築物を象徴する赤い瓦。城一番の中心となる正殿(百裏添御殿(ももうらそえうどぅん))の屋根にもこの赤瓦が使われています。
ところが17世以前、琉球王国内の建物の屋根は「板葺き」されるのが主流でした。18世紀頃からは徐々に瓦で葺かれるようになっていきましたが、その色は当初、黒だったのではないかと考えられています。ところが黒瓦は高温で焼く必要があって製造に費用と手間がかかる上、王国内では住宅の数に対し黒瓦の供給が間に合わないという事態も起こりました。そこで登場したのが低温でも焼ける赤瓦で、首里城の屋根も少しずつ赤瓦葺きに切り替えられていったそうです。

【首里城トリビア3】かつて首里城内には学校があった

戦前は、沖縄県立首里高等女学校を始めとする様々な学校が首里城内に校舎を設けていました。戦後には琉球大学のキャンパスがありましたが、現在は移転しています。

めでたい龍とリスのモチーフ

正殿(百裏添御殿(ももうらそえうどぅん))の前に立つと、龍をかたどった装飾が多いことに気が付きます。
琉球王国と深い関わりのあった中国で権力者のシンボルであり、めでたいしるしとされた龍の姿があしらわれているのです。この正殿の中に入り2階へと進むと、様々な儀式が執り行われた「大庫理(うふぐい)」があります。
その室内に設けられた王が座る「御差床(うさすか)」と呼ばれる玉座の台の側面には、ぶどうの木で遊ぶリスが描かれています。これも中国らしいデザインのひとつで、立派な実をつけるぶどうと子沢山のリスにあやかり、王家の末永い繁栄への祈りが込められていました。

めでたい龍とリスのモチーフ
【首里城トリビア4】年中行事で王国時代に想いをはせる

例年10月下旬?11月初旬に開かれる「首里城祭」では、舞踊などの伝統芸能、キャンドルで城を彩る万国津梁の灯火や地域物産展など、かつての王国時代をほうふつとさせる数々の催しが開かれます。国際通りで繰り広げられる「琉球王朝絵巻行列」と城周辺で行われる「古式行列」という2つのパレードも見どころです。

沖縄県那覇市首里金城町1-2 首里城公園
アクセス
◆自動車の場合
那覇空港より国道330号線や58号線などを利用して約40分?1時間。国際通りの沖縄三越からは約15?25分。東に向かって県道29号線に出た場合は直進して池端(いけはた)交差点を右折。
◆路線バスの場合
市内線(1、14、17番)、または市外線(46番)にて「首里城公園入口」バス停で下車。市内線(7、8番)に乗車した場合は、「首里城前」バス停で下車。
◆沖縄都市モノレールの場合
那覇空港より30分弱、国際通りに近い県庁前駅からは約15分で最寄りの「首里」駅に到着。駅からは15分ほど歩くか、路線バスに数分乗れば到着する。
TEL
098-886-2020
URL
http://oki-park.jp/shurijo/

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